記事を友人にメールする 印刷用画面

女王即位60周年催しと日本 (日本関連放送)

レポートなど

 今回は、この時期の日本イメージと、戦争の語りについて、観察するためにやってきました。前にかいたものが、うまく出ているか不明なので、再度簡単にかきます。今回のページェントは、150年ぶりの在位60年祭ということで、かなり、テレビの上では燃えています。ただ、友人たちに電話すると、混雑をさけたり、あるいは4日間休みだから、ということで、休暇をとってどっかにいっている人が多く、ちょっとびっくりです。空港に赤いカーペットが並び、旗をもらい、記帳を済ませ、町の様子をみながら、ネットでみつけた安いホテルに辿り着きますが。。町は特にまだ特に騒いでないですね。広告にエリザベス女王の本はありますが。(ビクトリア女王のも)。。ただ、明日はテムズ河に、元植民地で今はコモンウェルスの国々も集うのです。女王の即位を祝う礼拝には、子供達が招かれて歌うのですが、それに参加するという、ケニアとユガンダの子供が昨夜は特別出演していました。やはり何より、盛り上がっているのはテレビ、という感じです。ストリートパーティの頃にはまた異なるのでしょうが、テレビでは(本文に続く)

記事を友人にメールする 印刷用画面

重要なお知らせ:アメリカ人捕虜離日

ニュース

重要なお知らせ★2011年は10月!アメリカ人捕虜が来訪します。ぜひ、みなさん、いかれてくださいね。 なぜか、このサイトをあけると、新しい頁に動けません。★「ニュース」をクリックしてください、アメリカ人捕虜訪問の最新情報が出ます。★★★  

ADBCの捕虜の方々が来られます! 米国と日本も、英国やオランダのように、日本と交流したいということで、今年から、捕虜と子孫の会の方が来日します。 POW研究会や米日対話の会が市民との対話を望み、次のように実現したと案内がきました。 拙著のあとがき、235頁にかいたことが実現しているわけです。 これと時を同じくして、捕虜を輸送した鉄道関連の会社が、米国では不利になるというニュースが流れています。日本政府からの「お詫び」は、昨年の大使のコメントで、一応「フォーマル」とされていますが、企業からも謝ってほしいというのが、テニーさんらの考えと聞きます。(他の面子のご意見はまちまちでしょう)ともあれ、まずは、「なまもの」の捕虜とあうのは大事。 あくまでも交流で喧嘩じゃありません。みなさん、日本人として守るべきマナーは守ってご参加くださいませ。 今年になってから、インフォが少なくてすみません。また、さかのぼってご報告していきます。
アメリカ元捕虜&家族との交流会のご案内

 ●来たる9月12日~19日、第2次世界大戦中に日本軍の捕虜となり過酷な生活を強いられたアメリカの元捕虜6人とその家族・遺族の方々計14人が、日本政府の招聘で来日します。長年の運動の末、戦後65年目の今年初めて実現することになったのです。●アメリカ兵捕虜のほとんどはフィリピンで捕虜となり、「バターン死の行進」や悲惨な輸送船の旅、フィリピン、台湾、日本、朝鮮、奉天などでの過酷な収容所生活で多数が命を落とし、生き延びた人々も心身に刻まれた深い傷に苦しみながら戦後の日々を生きてきました。

今、多くはこの世を去り、残っている人々も80代後半~90代の高齢となってしまいましたが、6人の元捕虜の方々はせめて生きている間にかつての苦難の地を再訪し、自分たちの体験を少しでも多くの日本人に知ってほしいという願いを抱いてやってこられます。●そこで、9月18日(土)午後、日本の市民との交流会を催すことにしました。彼らの体験・声に真摯に耳を傾け、対話し、今私たちが市民として何ができるかを考える機会としたいと思います。皆さんぜひお誘い合わせてご参加下さいますよう、ご案内申し上げます。

 <来日メンバー>
(1)Lester Tenney氏と夫人
 バターン死の行進→オドネル収容所→カバナツアン収容所→「トコ丸」→ 福岡第17分所(大牟田・三井炭鉱) 
(2)Joseph Alexander氏と夫人
 ミンダナオ島で降伏→東京本所(品川)→東京第2分所(川崎扇町)→東京本所(大森) 
(3)Edward Jackfert氏と夫人
 ミンダナオで降伏→「鳥取丸」→東京第2分所(川崎扇町) 
(4)Donald Versaw氏と令嬢
 カバナツアン収容所→クラーク基地→「日昌丸」→福岡第7分所(二瀬炭鉱)
(5)Robert Rosendahl氏と子息
 バターン死の行進奉天収容所
(6)Earl Martin Szwabo氏と夫人
 コレヒドールで降伏→パラワン島→「マテマテ丸」→名古屋第3分所(船津)?or名古屋第4分所(四日市)?

(7)Janice Thompson氏(子孫グループのリーダー)
 父Robert Thompson: コレヒドールで降伏→ビリビッド収容所→「鴨緑丸」撃沈→「江の浦丸」撃沈→「ぶらじる丸」→門司→奉天収容所
(8)Nancy Kragh氏(POWの子孫)
 父Clarence H.White:バターン死の行進→「鴨緑丸」撃沈→「江の浦丸」撃沈で死亡

<日程>
11日(土)アメリカ発
12日(日)東京着、東京泊
13日(月)米大使館歓迎会/政治家面会等/国際基督教大講演会/東京泊
14日(火)地方泊(収容所跡など各自の希望地訪問)
15日(水)京都泊
16日(木)京都泊(霊山観音他)
17日(金)政治家面会等/共同記者会見/外務省歓迎会/東京泊
18日(土)横浜英連邦墓地/市民交流会/東京泊
19日(日)離日

 

==========================================================================

<主催>「捕虜 日米の対話」/POW研究会/元捕虜・家族と交流する会

<参加申し込み・問い合わせ> POW研究会事務局 笹本妙子

Tel : 045-715-3522  Fax: 045-715-3591 

E-mail: kiki@ee.catv-yokohama.ne.jp

     

   

 

記事を友人にメールする 印刷用画面

12月7日NHK10時、「海軍反省会」400時間テープ解読

ニュース

真珠湾攻撃の日が近づいてきました。日本では、今日、NHKでも特集番組をやっていましたが、明日、夜10時から、「日本はなぜ戦争したのか」というアングルほか、戦後に行われた「海軍反省会」の400時間のテープを分析する番組があるそうです。 澤地さんと安西さんの分析もあるとか。 澤地久枝さんは、「事実の検証とオーラル・ヒストリー、澤地久枝の仕事をめぐって」という(青木書店、1988年、歴史学研究会)本でも知られています。この本は名著で、本多勝一氏も澤地氏も、オーラルヒストリーという言葉こそ、好きではありませんが、吉沢南先生はじめ、名論文が載っています。 88年にこれだけ、口述記録に対するいい論点が出ていたのに・・と思わせる本です。

その後、歴研も新たにオーラルヒストリーの特集シンポジウムで、大久保由理嬢と駆けずり回りましたが、よろしければ拙論、「ひびきあう声:泰緬鉄道のコレラ患者射殺事件をめぐって」もご一読くださいませ。

●なお。「泰緬鉄道」を建設した捕虜モートンさんの日記三冊が、孫のデイヴィッド(徳島文理大学)さんがまとめ、3年がかりで徳島県の国際交流にかかわる女性達と翻訳。「『泰緬鉄道』からの生還、ある英国兵が命をかけてつづった捕虜日記」として出版されています。(雄山閣)

 

記事を友人にメールする 印刷用画面

残酷な日本の男女イメージ:イチハシ君を応援する日本女性?

ニュース

April is the cruest month ----四月は最も残酷な月、と『荒地(荒廃したこの世)』で謳ったのは詩人T.S.エリオットですが、11月は、日本人の残酷なイメージというステレオタイプが最も前面に出る月、といってよいでしょう。先日の「捕虜の舌切り事件」で町の姉妹化に抵抗を覚えるランカシャー州の女性がニュースになったのもそう。

11月は戦争記念日特集がいろいろありますが、とりわけ、今年は「イチハシ容疑者」をめぐって、格好の「残酷な日本人」のイメージが、英国を駆け巡りました。 ミクシイや2チャンネルで、彼のハンガーストライキや、親への反発?に同情した女性がクラブを作ったことが日本でも報じられ、「あやや、こりゃ英国に流れないことを祈る」と思ったが、やはり出ました。 ネットでもすぐに話題になった模様。イチハシ君だけだと残酷な日本人「男性」のステレオタイプだけだったが、これだと、日本人女性全体みたい。「ブリジット・ジョーンズの日記」の中で、「日本人よ、あの残酷なrace よ」という台詞がコミカルなコンテクストで語られますが、またやっちゃいました。http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/japan/6590045/Lindsay-Ann-Hawker-suspect-attracts-support-from-Japanese-women.html  一応、日本の心理学者の解説アリですが(↓全文表示)

記事を友人にメールする 印刷用画面

戦後和解への皇室外交への疑問by田口浩史

ニュース

http://ameblo.jp/htaguchi/entry-10386416212.html

で、戦後責任その他戦後処理、和解についての考察を詳しく情報を届け続けている田口さんが、11月11日付朝日新聞の、「戦後和解への皇室外交」への評価に、疑問を呈しておられます。 興味深い考察だと思いますので、賛否両論あるかもしれませんが、ご一読をお勧めします。

 自分でも、天皇ご夫妻御訪英・御訪蘭の際、参与観察・フィールドワークをしたものとして、元の君塚さんの観察?には不思議に思える箇所があります。 確かに、皇室外交にはインパクトもあります。 でも、英国の場合は、その天皇に対して、「天皇」という象徴を通して、日本に、自分たちの異議を伝えようと、大規模なデモンストレーションが行われたわけですし、(拙著「日本人は~」冒頭参照)、当時の随行員の感動的な文章も、「デモの声も馬車の音にかき消されて聞こえない」とありましたが、それは確かに馬の蹄で馬車のそばから聞こえないわけですが、現場でのブーイングはすさまじかったです。ちなみに、赤い手袋をつけて「Japanese Prisoners of War」と写っている写真は、捕虜ではなく、民間人抑留者で、「自分たちも捕虜だったのだ」という訴えかけでした。 妻の手作りの国旗を焼いたジャック・カプランの遺言は、拙著4章をごらんください・・。 すべてが成功していうなら、バーバラさんはなぜ声を震わせて泣いたのでしょうか。 

★オランダの場合は、当時、日本を刺激すると右派をいたずらに刺激するという理由で、(英国の二の舞も避けたかったのか)、天皇の献花と、元抑留者らのデモは2時間ずらされ、献花直後は、鉄柵で囲われました。讃美歌の流れる中、こうべを垂れるご夫妻の思いの真剣さは「見物客」には伝わったものの、「旗」「バナー」を掲げることを禁じられた抑留者らは、2時間後に粛々と花を手に行進し、鉄柵ごしに警備員に渡すしかなかったのです。その前で、どうしても押さえられず泣き叫び始めた元抑留者(ユウレイジアンだと思いました)が、「父をかえせ、母を返せ、私の人生を返して!」と泣き崩れた様子は、日本の報道には一切ありません。 翌々日の王都ハーグで市長との会食の行進でも、元抑留者らは祈り、讃美歌を歌ってから町を旗を立てて行進しましたが、天皇ご夫妻とメディアから写る箇所では、旗を降ろさせられました。 下手に刺激すると日本のナショナリストを刺激するという交渉や配慮もわかりますが、「メッセージを出すのはオランダの憲法が保証した自由じゃないの!」と怒る人々も。 。。。メディアに写らないように慎重に日蘭政府が配慮した結果です。 でも、一番に思うのは、天皇ご夫妻こそ、これを見る権利があり、それを、国のひとつの代表としてみておく責務もあったと思うのです。祈りを続けた天皇夫妻と、彼のメッセージ自体が心に届いてよかったと言った元抑留者ももちろんいます、でもそれだけでは足りないから、彼らも集まるのです。 いえ、そういう風にわかってくれる相手だからこそ、伝え続けようと、行進したのでしょう。「名誉の負債を払って」のカードをもちながら。

 皇室に伝えることで、日本にも伝えたいという、思いを無碍にしてしまっては、せっかくのメッセージも伝わらないし、また、日本もリスポンスをすることができません。。。。 私たちは、伝え合うことを願ってはいけないでしょうか。ほんとうに成功してきたなら、なぜ、あの三千人はあのような固い目をして8月15日に集まるでしょうか。禁止されても、ある少女は、天皇を囲む群衆の中で、伸びあがって「私の母への、祖母へのつぐないをして」というボードを伸びあがって、さしあげていました。サイズは小さかったが勇気はいったはず。

天皇ご訪問の一つの成果は、こういう、個人が押し隠して普通の日本人には言えない感情を、「この人にこそ伝えたい!」「天皇の息子さんなら、わかるはず!」という期待も(昭和天皇をひきつぐ者への非難のまなざしとともに)、彼らが表現できる相手だという期待を、一身に寄せられ、彼らの表現を可能にする側面がある。単に穏やかに平安と平和をもたらしたと思うには尚早だ。 ★皇室外交の強みは、今のご夫妻の穏やかで優しい威厳の印象が悪の日本イメージを薄める点もあるが、実は、英・蘭の地に残るこれほどの強烈な日本への思い、それを国民に持ち帰り伝えることができる、そういう、「かけ橋・よりしろ」となれる点だと思うのですが。 ちなみに、今年で終わるはずだった、オランダの元抑留者・捕虜訪問は(先日、最後の会を記念に秋篠宮ご夫妻がオランダの会に参加)、その後、首相の依頼により、鳩山首相がもう1年延ばすと約束したそうです。 イギリスからの捕虜の子孫訪問は、12月で最後の会となります。アメリカは初の試みとして、捕虜訪問が、来年行われます。戦後和解成功と納めてしまうには、天皇ご夫妻が経験したことは、平和のためにも、あまりにもったいないです。

記事を友人にメールする 印刷用画面

赤十字・初のアジア代表近衛さんと捕虜問題

ニュース

きのう、捕虜の友人だった夫人の嘆き悲しむ声が最後、BBCから消えていくあいだ、ケニアのナイロビでは国際赤十字・赤新月社連盟(本部・ジュネーブ、加盟186社)に、日本赤十字社社長の近衛忠テル(火編に軍)、近衛文麿・元首相の孫、細川護熙・元首相の弟さんで、70歳がアジア初の会長になりました。毎日新聞米村記者と、サンケイ新聞、在英木村記者の記事参考。 ロンドン大学に留学したこともあり、2005年、つまり戦後60周年から、すでに副会長でした★赤十字と言えば、連合軍元捕虜には重要な問題です。なぜなら、元捕虜によくきかれる質問や異議申し立ては「赤十字物資が配られなかった」ことだからです。映画『戦場にかける橋』の中で、懐柔のために斎藤大佐が、「今日はご褒美にごちそうを配る」と言って、捕虜が駆け寄るとなんとトラックの中には赤十字物資が満載。「なんだ、これ赤十字じゃないか!」「もともと俺たちのもんじゃないか!」といいつ、つくらいつくシーンが出てきます。 元捕虜が問うのは、(これもテレビ瀬戸内の永瀬さんを扱った番組が出てきますが)、「戦争が終わってみると、赤十字の物資が倉庫に山積みになっていた。あれがあれば、僕たちは助かったのに・・」「なぜ?」 --しかもさらに元捕虜を混迷させるのは、赤十字物資を日本軍も使った様子がなかったことでした。 FEPOWのデイヴィッド・ウィルソン会長も言っていました。

★しかし、村山首相の「談話」(戦後のお詫びに近いもの)が出た1995年に、会長になられた近衛さんならご存知でしょうが、この元捕虜の疑問に対する研究が今のところありません。「戦場に人道愛(博愛う)を」の報告書の中に、あれは失敗だった、という記述や異文化への配慮のなさへの反省が記されています。その後、日本から発される研究は、赤十字にいかに日本人女性が魅かれて頑張ったか、(これ自体は事実で日本の看護婦さんは優秀だったと、それを捕まえた後、使用した人々も言います)--赤十字が本来いかに優れているかにつきます。 しかし英米では、赤十字のトップの給与が高すぎたり、(日本での額は知りませんので、これは近衛さん批判ではありません)映画「チート」や、拙著で書いたテニーさんのように、赤十字への不信感は存在することは事実です。形態としては、NGOなのでしょうが、国連総会のオブザーバーというポジションからも、【国連安全保証理事会】に入りたい日本としては、まずは悲願達成の一つに近づいたのでしょうか。 ★不思議だったのは、先月、ケンブリッジで、週末2日だけの大学コースとして「捕虜学」が7万円ほどで開講されていましたが、これもトップが「赤十字物資がいかにマン島を助けたか」だったのです。いや、そりゃそうかもしれませんが、元捕虜の疑問は絶えません。 「和解」「捕虜問題解消」はいろいろなものとタッグを組みますが、赤十字「アゲ」⇒プラス、国連安全補償理事会入りへ、もその一つにみえます。 実は、元捕虜や、元民間人抑留者の方々は、【日本の国連安全補償理事会入り】に反対署名を送り続けていますから。 ・・・でも、一方で、第二次大戦中の赤十字批判研究・実態研究が殆どない。 

★元捕虜は、今も赤十字物資が現地に届くか不安で、自分たち独自のルートで送ったりしています。  日本との対抗票を争った側との見解がどういうものだったのか、考えさせられます。★捕虜問題を解決するためには、日本の頑張りを強調するより、「どこで間違っちゃったか」をちゃんと顧みたて説明したほうが、効果的だと思います。近衛さんのお願いを本文に記します。彼と票をわけたのは (以下本文)

記事を友人にメールする 印刷用画面

BBCサイトはあと1時間:岡山の英国報道への感想

ニュース

BBCラジオのサイトは、あと二時間で終了します。お早目にお聴きください。 さてはて、晴れの国地元岡山の山陽新聞の11月19日木曜日の記事はーー英国のことが3件も載っています! カラーです☆「文化・エンタメ」の知名度急上昇の英俳優。の見出しで、「ナルニア国ものがたり」のタムナス役で注目されたジェームズ・マカボイさんが「ジェイン・オースティン秘められた恋」での映画で、ジェインとの不運な恋をするジェントル・イケメン(失礼)男性役として出ること。マカボイという名前といい、英グラスゴー出身といい、ロイヤルスコティッシュ・アカデミー出といい、典型的なスコットランド人でしょうね。甘いマスクは、伝統的オースティンものにぴったり。 二番目は、ロンドン共同からの配信で「まずは一献」、日英修好通商条約締結150周年を祝って、英国の貴族院議院(上院と訳されているが)で、「日本酒がふるまわれた」宮城と富山の純米大吟醸酒などを楽しんだこと。BBCの件を知らないわけはない、一部の貴族院議員の方たちが後ろで何を考えているかは不明。

 第三に、やはり共同配信「英紙タイムズ電子版有料に」(持ち主は、ルパート・マードック。橋本首相の「お詫び」を掲載した、サン紙の持ち主でもある。(拙著第二章参照)・・・。てことは国内でもサンも有料になるのか?

 あのう・・早島町のことは・・?? 一応、山陽の記者さんにも、伝えておいたんだけれどなあ。 友好を謳うのは決して悪いことじゃない。でも、その友好を強調しないといけない背後には、バーバラさんのような嘆きがあること、それに取り組むことが、ほんとうの友好だと思う。 あこがれのイギリス、仲良いイギリスだけを、いくら流しても、彼女の嘆きの声をかき消してしまうのでは、真実に根差した友好にならないのだけれど、日本は、英国に対しては頑として「あこがれの部分」に限定される気がします。 ラジオの声を聞いた方の反応もまたまとめますね。

 日本でも著名な「蛍の光」は実はスコットランド民謡だが、VJデイ(対日勝利記念日)には必ず合唱されてきた。原義は「僕らは昔、楽しく遊んだね。でも、大きな流れが僕らをわけた。今こそ、「酒を酌み交わそう」、昔、仲良く過ごした時をおもって」というような内容。。。 早島とブラックプールをつなぐ橋をめぐることを伝えてこそ、ほんとうに「酒を酌み交わせる」仲になれると思うんですけれど。 やはりネガティブな面は見たくない気持ちがあるのだろうか。。。 ちなみに、早島町は、私も最近知ったのですが、いろいろ町や市を統合した時にも、倉敷に統合されることは断り、自分たちの独自の文化と豊かさを大事にする町とのことです。だからこそ、ほんとうの交流にしていってほしい、と心から願います。 それが、長持ちする「友好」だと思うから。 早島町には、ぜひ、対話と理解でがんばってほしいです。。。

 そういえばハローキティも・・・(以下本文)

記事を友人にメールする 印刷用画面

早島とブラックプール問題のBBCラジオ2、 19日まで聴けます!

ニュース

昨日のニュースは、下のサイトをクリックしてください。13日の放送で、19日まで実際にきけます。

http://www.bbc.co.uk/programmes/b00nsjlc 【後日注:この放送は終わりましたが、昨年も同様の記事がケンブリッジイブニングニュース(1998年の和解成功記事で日本では知られる新聞)が出した、「捕虜は今も本当の謝罪を求めている」記事を掲載しておきます。http://www.cambridge-news.co.uk/cn_news_cambridge/displayarticle.asp?id=369091元の記事には、土地の元捕虜二名の顔写真が並んでいました。 この時期には、こういう声が実在することを、知らせようとしているのだと思われます。】

★ジェレミーの番組はとても有名です。最初のほうはニュースと、音楽がはいっています。2時間ものなので、ちょっとその一件に入るまで、大変かもしれません。35分のところから聞いてください。そこから10分ほどです。家族を通した友人が、「舌を切られた」ことなど、バーバラさんの話が出てきます。涙ぐみ、すすり泣きながら話す彼女には、やはり胸を打たれます。 昭子さんは、電話でのレスポンスになったとか。実際にきいみると、ジェレミーに話す彼女のレスも聞けます。。。 「なぜ、舌を切られたのか?」という問いには、昭子さんも健闘されてますがやはり答えは困難です。 ★橋本首相に与えられた大きな謝罪ではないか、という問いに対して、「補償」はされていない、謝罪は人々にたいしたものであって、兵士や捕虜にではないと感じている、「個人や若い人に会えば見解がかわり将来的になっていくと思うか?」というジェレミーの問いに、「個人に会うのは気分的に助けになるだろう、そういう敵意は和らぐかもしれない、だが、やはり「ネイション」、国としては、日本と縁組する気にはならない、ということですが・・続きは以下「(↓)全文表示」をクリック! 内容の要約、番組内の時間経過、見解を記しました。なかなか早い英語なので。

記事を友人にメールする 印刷用画面

岡山県早島とブラックプール姉妹都市化を隔てる捕虜問題

ニュース

BCSの会長、マクドナルド昭子さんからニュースです。Jeremy Vineと言う有名なCommentatorの番組がありますが、そこで、岡山県の早島街とBlackpooleにあるSt.Annesという街が姉妹都市を結ぶ企画をたてました。

ブラックプールとえいば、映画「Shall we ダンス?」の大会を思いだした方もあるでしょう。この企画に真っ向から反対している女性がいます。カウンシル(町議会)の女性とのことで、バーバラさんという方。理由は、彼女の知り合いが、元捕虜で、何かの理由で舌を切られるという目にあった。彼への思いから、どうしても、日本と結縁する気にならない。まだ、そのあたりにだって、そういう拷問をした人が住んでいるかもしれない。--そう思うと、どうしても感情が収まらない。【後日訂正:こういうまとめでこの段階で投稿しましたが、実際のラジオを聞くと、「まだ自分の地域に、こういう、元捕虜を痛めつけたことで苦しんでいる人がいる間は、結縁したくない・・」とおしゃっていました】   

・・・謝罪(apology)や、補償も日本側はしたではないか、という意見に対しては、「あのapology は市民に対して出されたもので、戦った兵士に対してのものではないし、補償は英国政府が払った慰労金だから」まだ、日本から本当に彼に対して謝ってもらった気持ちにならない、ということです。 (これまでの各種のお詫びの言葉は、拙著『日本人はなぜ謝り続けるのか』の巻末資料、247-253頁をご覧ください) 岡山と捕虜といえば・・・(続きは以下↓薄緑色の「全文表示」をクリック。 元捕虜の疑問と原爆について記してます)

 

記事を友人にメールする 印刷用画面

戦争を記憶する週、11月11日

ニュース

BBCで岡山とブラックプールの姉妹町計画について、特集番組が流れました。この週末には、「硫黄島からの手紙」が3時間、放送されるそうです。なぜ今頃? それは、11月11日が、第1次大戦停戦を記念した日だからです。 日本で8月15日が終戦記念日で戦争の話題が沸騰するように、英国ではこの時期に、戦争にかんする話題が多く流されます。 日英の対話がかみ合わないのも、この時期的なギャップがあるかもしれませんね。  ★数年前までは、遺族会に属する人々のボランティアで比較的高齢者が多かったですが今はイラク・アフガニスタン戦争に参加している兵隊が、迷彩服を着て、キングズクロス街で「赤いポピー」の基金を募っています。軍人恩給の額の多いといえない英国では、こういう基金が、遺族年金その他に使われます。街頭には「あなたたちヒーローを忘れない」のポスター。 でも、市民の中には厭戦気分・・・。 ちなみに、ポピーの日とはいわず、「リメンバランスデイ」が普通です。「なんで?」と聞くと、ポピーの日というと、花の日みたいで軽いと思われるから、ですと。